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御年貢諸役之儀


甲州郡内領地内-江戸時代〜明治初期の文書です。


 寛永10年(1633年) 2月 3日、秋元但馬守泰朝3千石加増され、上州総社から甲州郡内領(1万8千石)に入封。宝永元年12月(1704年)、秋元但馬守喬朝が5万石で武蔵国川越へ転封となる。
宝永元年12月、川越より柳沢吉保が甲府に入封、宝永3年7月都留郡は柳沢氏の預かり地となる。(宝永元年12月から宝永3年7月までは都留郡は幕府直轄の御料所となり谷村に代官所が置かれた)
正徳3年(1713年)宝永3年より柳沢氏に預けられていた都留郡はふたたび直轄の代官支配となり明治までつづく。
享保9年(1724年)柳沢吉里が大和郡山へ転封。柳沢氏大和郡山転封により、甲斐国は幕府直轄領として代官支配となる。
 代官所は勘定奉行の支配下にあり代官のもとに、手附・手代が置かれ、陣屋勤務と江戸詰めの役がある。政治は公事方(訴訟など)と地方(年貢取り立てなど)・書役(庶務会計)の役職が置かれた。
 村役の務めは、輪番か入札により選ばれた名主の家が村役所となり、組頭・百姓代の村方三役(三判)が納税(年貢)等の義務を行い村を治めた。